MORI MAGAZIN

森マガジン!

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バックナンバー(閲覧は村人登録が必要です)
2021年5月6月号 特集「塩」 →読む
2021年3月4月号 ベツレヘムのオリーブオイル →読む
2021年1月2月号(創刊号)特集「京都」、ギリシャ語講座 →読む
2020年クリスマス号 →読む
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Vol.4
2021

2021年 7月・8月号

SORA
そら

M O R I   M A G A Z I N

SORAのページへようこそ!

森の樹々にひっそり住んでいるミノです。えっ、アンタ誰?

アリシア スタッフにそんな人いた〜? なんて僕を忘れないでね。

僕はこの森のマスコットキャラクター、そうそう、度々マガジンに登場しているサエとは双子なんだ、おしゃべりが上手なサエとは全然似 てないけどね。

ミノ

TOPICS

今回はね、どうしても僕がインタビューしたい人がいたんだよ。それは野田詠氏さん、野田さん が6年くらい前に書かれた「私を代わりに刑務所へ入れてください」(いのちのことば社)という本 を読んだんだ。僕はすごくショックでそして感動した。だって野田さんはすごく優しい目をした 牧師さん、ずっと前から、たぶん子供の頃からクリスチャンだと思っていたから。でも本の中に 書かれていた少年時代の野田さんはなんと武闘派の暴走族だった!いっぱい暴れて何度もつかまっ て、自分も周りの人も傷つけながら生きていた人だったんだ。その本にはそんな野田さんの半生 が描かれているんだけど、なんとその原作を元に野田さんのストーリーがこの夏舞台作品になっ たというビッグニュース!とにかく編集部のKちゃんと一緒に野田さんに会いに行って来ます! お芝居も観てきます!ちょっと緊張、ドキドキ。。。

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サエ

Eiji
Noda

野田詠氏(のだ・えいじ):

1976年生まれ。2000年、東大阪市にアドラムキリスト教会 を開設し、牧師を務める。NPO法人チェンジングライフ理事長、依存症更生施設「ティーンチャ レンジ・インターナショナル・ジャパン」理事、少年院出院者の自助グループ「セカンドチャン ス!」監事。著書「私を刑務所へ入れてください」(いのちのことば社)

野田詠氏さん
~謝ることができる社会。許し合える社会へ~

SORA : 野田さん、今日はよろしくお願いいたします。先ず先週上演された舞台「私を代わりに刑 務所へ入れてください」観てきました!めちゃくちゃ泣きました~!今回の作品は法務省と吉本 興業が後援されていますが、どんないきさつだったのでしょう。

野田さん: 古くからの友人(東京在住)の周りに役者志望の若者が複数名いました。その若者た ちの影響で友人も舞台を観に行ったりするようになったり、教会でその役者志望の若者たちに演 劇を上演していただいたり、という交流が広がっていました。そういった中で、友人が若者たち に、私の著書を紹介したり、大阪のわたしたちの教会に年に数回遊びに連れて来てくれるように なりました。それから実際に私たちの活動、それは非行や虐待などの問題や傷を抱えた若者の自 立支援活動なんですが、そういうことに興味を持ってくれるようになり、舞台化の話が湧き出て きました。友人と若者達からの発案だったわけですね。

SORA : そういう経緯だったのですね。そういえば主演の佐田正樹さんもバッドボーイズで吉本でしたっけね。ずっとお芝居を観ていると佐田さんが段々と野田さんと重なってきて、最後は牧 師にしか見えなくて不思議でした。原作をまだ読んでいない人たちのために、少しだけ今回の舞 台の元となったご著書についてうかがっても良いですか。

 

野田さん: 私は少年時代、非行に走ってしまい、4度目の逮捕を経て少年院送致になりました。 処分の言い渡しの時、家庭裁判所の審判廷にいた母は、嗚咽しながら泣き叫び、こう言いました。 「こ、この子がこうなったのは私のせいです。この子を少年院に入れるんやったら、私を代わりに刑務所に入れてください。」と裁判官に訴えました。私はその母の突如の行動、言動に虚を突かれる思いでしたが、母の泣き叫ぶ声を聞きながら、私も嗚咽して泣きました。

その訴えは当然 審判の結果に影響を与えることはありませんでした。ですが、私の心に影響を残しました。 小さい頃、心の奥にしまって封印していた心の傷、母に対するトラウマが大粒の涙と共に流れ去る体験をしました。 自分の母のことなので照れる話ですが、今の社会、親や大人、教師や政治家など、世の中の権威者で、謝ることが出来ない人が結構多いように感じます。立場が謝らせないということもあるかもしれませんが...。

 

SORA: 本当にそうですね。正直に謝ることもできないし、また何か余計なことを言って叩かれる のも怖くて、みんながビクビクしている、そんな閉鎖的なムードがありますよね。

野田さん: 生きづらい、ギスギスした日本社会で今、必要なのは謝ることや赦し合うことではな いかと思っております。ネットの社会でも、失敗者や失言した者に対して、何かのバイアスがかかっ たように徹底的にバッシングしますよね。でも誰もが失敗する可能性がある、真剣に向き合って 謝ることで回復がもたらされることもあります。それがこの舞台のメッセージの一つではないかと思っております。

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SORA : 制作サイドの方々や後援の法務省、吉本もそういう今の世の中に必要なことを感じ取られ ていたのでしょうね。

野田さん:そうですね、冒頭でお話しした古くからの友人やその周りの若者、また役者仲間の方々 が、このメッセージを誰かに届けたいという強い思いに突き動かされて、この舞台化に至ったのではないかと思っております。またちょうど吉本興業さんも法務省とタッグを組んで、再犯防止運 動を展開されている時期と重なりました。今回主演の佐田さんは、法務省主唱の「社会を明るくする運動」のアンバサダーでもあり、様々な点と線が繋がって、法務省矯正局、保護局、吉本興業 の後援を得ることが出来ました。

SORA : 原作者の野田さんから見て、この舞台の一番の見どころはどこでしょう。たぶん全部だと思いますが。。^-^;;

野田さん:一番の見どころは、人は愛によって回復するということです。福山雅治さんの道標と いう曲がありますが、そのサビの部分に『愛に出逢い、愛を信じ、愛に破れて、、』とあります が、現実は愛に破れて、失敗や裏切り、再犯も起こってきます。そういったマイナス部分も正直に 描かれています。しかし、失敗や裏切りもあるけれど、やっぱり人は愛を信じたい。 心疲れて傷ついた若者たちも、いつでも、愛を信じるなら、愛によって回復への旅路を歩み進め るようになる。この舞台の背後には、イエスキリストの犠牲の愛が透し彫りになっていると思っ ています。

SORA : 本当ですね、役者さんのセリフの中に、聖書の一節を思い出すようなシーンもありました。 野田さんの現在のお働きについてもうかがって良いですか。やりがいもあり、また難しさも多々 あると思いますが、これまでで一番感動したこと、また嬉しかったこと、出会えて良かった人な どいたら教えてください。

野田さん:実は、この舞台の登場人物に主人公が救えなかったという若者が登場します。実際の 出来事をモチーフにしています。先ほども申し上げましたが、現実は失敗や裏切り、再販はつきも のです。しかし、そうして失敗して裏切った人たちの中に、手の平を返したことに心を痛めて、こ れからは犯罪に生きるのではなく、愛に生きようと必死で生きている人もいるということです。 そういった失敗をした若者の中から、教会のメンバーやスタッフになった人もいます。 私が今歩んでいる道は、誰かが辿った道でもあります。まだ、私はその道の途上ですし、自分自身 に足りなさや弱さを感じています。しかし神に感謝しているのは、共に歩んでくれる家族や仲間が いてくれることです。家族や教会の仲間、ともにNPOで働くスタッフ、地元の友人、振り返った 時に、そこに家族や仲間がいてくれることに感動し、感謝しています。

SORA : クリスチャンホームのお子さんでも、不登校になったり非行に走ったりということはよく ありますよね。日曜日なのに遊びに行けない、毎週の礼拝がめんどくさいとか、部活ができない とか、、そういう育児で悩んでいるお父さんお母さんに何かアドバイスをお願いできますか。 また野田さんの子育てはどんな感じでしょうか。

野田さん:子育てほど大変で難しいものはないと思っております。また子育ては手探りですし、 何が正解かなど一概に言えないと思います。親自身が得てきた知識や身につけた文化を子供に押 し付けてしまう危険性はどの親にもあると思います。

どんな親でも完璧な親はいないと思っています。「こんな親だけど、神様の前に悔い改めながら 生きている。一緒に神様の前に出て行こうね。」と言える親でありたいと思っています。

礼拝は義務ではなく、神へのレスポンスであるので、「礼拝が人を変える」という視点を忘れない でいたいと思います。というのも、ドラッグに依存して、自力救済不可能だった若者が、出所後、 力を貸して欲しいと私たちのところにきました。以前からずっと関わり、彼のために祈ってきま した。しかし状況は悪化するばかりでした。ですが人間的に力を貸せることは限られています。 依存症の前に人の努力など無力に過ぎません。そこでその若者に伝えました。「もし、人に助け てもらいたいと思うなら、依存症の更生施設を頼ってほしい。しかし、もし神様に頼りたいとい うなら、その手助けなら出来る。そして本気で神様に頼りたいなら、毎週礼拝に必ず出てほしい」 彼は頷きました。そこで、一筆書いて署名してもらいました。それから6年経ちましたが、彼は 礼拝にずっと来ています。ドラッグからも解放され再犯をしていません。それは礼拝が義務ではな く、礼拝が彼の応答だからだと思います。礼拝には人を変える力があります。礼拝を守らないとい けないのではなく、礼拝が俺たちを守ってくれる、そのことをまじまじと体験しています。そうい うことを意識した子育て、信仰継承ができればと思っています。

 

SORA: ありがとうございます。最後に野田さんがこれからやってみたいことと、お好きな聖書の 言葉を教えてください。

野田さん現在、私たちは活動を通して、親や頼れる大人、住居を失った若者の社会的居場所と なるホームを維持し確保しています。(定員13名) 今後は生きづらさを抱えた若者の、就労の場を兼ねたカフェのような食堂のような、居場所、 スペースを作ろうと計画していて資金を必要としています。またさらに力をつけて、居場所や住居 を失った青少年を受け入れる部屋やスタッフを拡充したいとも願っています。 好きな聖書の言葉は、第二コリント6:10『悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧し いようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、すべてのものを持っています。』 パウロは自分が満たされることよりも、出会った人々が満たされ、神とまみえることを願って そのためだけに人生を神に捧げてきたと思います。私たちも、人を富ませる働きに召されている と確信しています。至らないところだらけですが、自分と関わる青少年たちを富ませることを目指 し、免許や資格の取得、賃貸契約時のサポート、居場所や就労の場、つかず離れず伴走すること、 そのミッションを進めてこれたのは、神が与えた使命だからです。神がいなければ一番大切な身 近な人を傷つけ、孤独の中に伏していたことは間違いありません...。

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ギリシアといえば煌めく太陽と海の国!今の季節がベストシーズンですよね。でも長引くコロナ禍、 まだまだ海外旅行なんて難しいですが、今日は気持ちだけでも地中海へ飛んでいきましょう。 長くアテネに住んで学ばれていたセイミン先生に案内をお願いして、新約聖書のギリシアの街々を 一緒に歩きましょう!

~「新約ギリシアの街」を巡る~  杉山 世民

 

新約ギリシアの街」という表現は面白いと思いますが、確かに、使徒パウロが第二次伝道旅行(使徒行伝15:40~18:22)の際にアジアから、初めてヨーロッパに足を踏み入れて福音伝道した場所がギリシアでした。トロアスから船で北上しネアポリスΝέα Πόλισ「新しい町new town」の意)という港町に着きました。ここはマケドニアの港湾都市でしたが、現在は Καβάλα(カヴァラ)と呼ばれている街です。

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ここでは、パウロは伝道活動をせずに、ここから約8km 北にあるピリピの街へ行き伝道しました。

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ネアポリスから北に約8km程行くとピリピΦιλίπποι「馬を愛する」の意)の街があります。ここで初めて、東洋人の使徒パウロは、西洋人のギリシア人に向けてキリストの福音を宣べ伝えました。しかし、ここで投獄され、ローマの高官、獄吏一家が救われます。

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パウロが投獄された牢獄跡

正式名称はColonia Julia Augusta Philippensisでした。ストラボの「地理誌」によれば、元々は、この町は、クレニデス(Κρηνίδεσ)と呼ばれた小さな町でしたが、BC360年マケドニヤのピリポⅡ(アレキサンダー大王の父)によって占領され、昔、ここでは金銀が採掘されていてピリポは、この事業を拡大していったらしい。BC31年にオクタヴィアスは、ローマの退役軍人をここに入植させ、イタリア市民権を与えたので免税と自治が許されていました。「植民都市」(ギ.κολωνία ラ.colonia )であり、ローマ帝国が征服地にローマ人(兵士や市民)を居住させて作った裕福な町でした。

更に、パウロは、ここピリピから西に位置する
テサロニケ
Θεσσαλονίκη)の街に行きました。ピリピからエグナティア街道に沿ってアムピポリス、アポロニアを通って、西に約160km行くとギリシアの一大工業都市テサロニケに着きます。このエグナティア街道は、かつてのコンスタチノープル(現イスタンブール)からアドリヤ海沿岸の町ドゥラキウムまで1,200kmに亘るローマ時代の道路であり、そこから海を渡ってブルンディシウムからローマまではアッピア街道と呼ばれます。テサロニケは、英語名では「サロニカ(Salonica)」と呼ばれますが、アテネに次ぐ二番目に大きな産業都市で人口約32万人。BC315年カサンダーによって建設された街で、2,300年の歴史があります。








 

初めてヨーロッパの地を踏み、ピリピで伝道した後、テサロニケへ向かいましたが、当時のローマの軍用道路の一つイグナチア街道を使った事は、容易に推測されます。これはビザンチウムとアドリヤ海を結ぶ主要道路で、イタリアからはブリンディシウムからアッピア街道となってローマに通じています。驚くべきことに、このイグナチア街道は今でも使われています。

テサロニケでの騒動の後、テサロニケの西に位置するベレアΒέροια)に夜の間に送り出されています。兄弟達がパウロとシラスをベレヤに送り出しましたが、ベレヤには、ユダヤ人達の居住地があったらしく、使徒パウロとシラスがテサロニケから送り出されたとき、このユダヤ人居住区のユダヤ人とギリシア人に説教したようです。その「説教壇(Βῆμαビーマ)」が、ここにはあるらしいです。

アレキサンダー大王像と

レフコピルゴス(白い塔)

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テサロニケでは、少なくとも三週間は滞在していますが、パウロの一行はユダヤ人達の妨害に遭い、街を追い出されます。

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サロニカ湾岸から見たテサロニケ

 このベレアから、パウロはテモテとシラスをマケドニアに置いて、一人海路でアテネ('Αθῆναι)の街にやって来ます。あのソクラテスやプラトンという大哲学者を産んだ街です。パウロの憧れの街だったかもしれません。ただ、テモテとシラスを置いて来たので少し寂しくもありました。テモテとシラスに「なるべく早く来るように」との伝言を残して来たのです。
 
アテネ
'Αθῆναι)は、ギリシア共和国の首都であり、同国最大の都市です。アッティカ地方にあるこの都市は、世界で最も古い都市の一つであり、約3,400年の歴史があります。古代アテナイは、強力な都市国家でした。アテネ市の人口は、約66万人、芸術や学問、哲学の中心地、西洋文明や民主主義の発祥地であってヨーロッパに大きな影響を与えました。

▲これが、その説教壇らしい?                                      

▲ベレアに立つパウロ像                         

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パルテノン神殿

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国会議事堂

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アレオパゴスの丘から見たアゴラ

 アテネでパウロは、ユダヤ人会堂のユダヤ人のみならず広場(アゴラἀγορα)でエピクロス学派'Επικούρειοσ)やストア学派Στοικόσ)のギリシア人達と議論を戦わせたり、「アレオパゴスの評議所Απειοσ πάγοσ)」でもキリストの福音を語りましたが、どうも、アテネっ子たちには受けなかったようで、少し気落ちしながら、パウロはアテネから約85km西に位置するコリント(Κόρινθοσ)の町へやって来ました。

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コリントの鉄道駅

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コリント運河

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アクロコリント

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パウロが演説した説教壇

 コリント(Κόρινθοσ)は、ローマ帝国の属州アカヤの首都で地方総督の所在地でもありました。イオニア海とエーゲ海という二つの海の間に位置する港として重要な経済的意味を持っていました。世界中の国々の人達が物資と共に集まり、物質的に繁栄した街でした。繁栄した街によく見られるように悪徳も多く見られました。バアル宗教のギリシア版とも言える女神アフロディティの神殿が、アクロコリント(575m)の頂上にあり、神殿娼婦と性的に交わることが礼拝行為でした。そのような街でしたから「コリント風に生きるΚόρινθιάζεσθαι)」
という表現が、不道徳な生き方をする意味で使われるようにさえなって行ったのです。

 コリントの地理的位置から、イオニア海とエーゲ海の間に在った約6kmの地峡をくり抜き運河を造ることによって400km以上の迂回距離を免れるため、
コリント運河の計画は皇帝ネロの時代からありました。しかし、技術的困難から断念したと言います。今ある運河は1893年フランスの技師によって完成したそうです。

 

SORA編集部:セイミン先生ありがとう!ギリシアと言えばアテネ!アテネ五輪もあったしね、 そのぐらいは知ってたけど、テサロニケとかコリントとか全然馴染みがなかった街、聖書の中で 初めて知った所だから色々勉強になった~。今もパウロの時代の遺跡とかが残ってるんですね、いつかセイミン先生と行くギリシアツアーをアリシアの森で企画できたら良いなぁ...なんて夢を描いちゃいました^-^// 次回のギリシアトークも楽しみにしています!

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杉山世民:大阪聖書学院委託教師
大阪聖書学院神学科卒業。
米国シンシナティ・クリスチャン・セミナリー聖書文学科課程MA卒業。
ギリシア国立アテネ大学神学部、大学付属語学院(レスヒ)修了。
大阪守口キリストの教会牧師を経て現在、岡山・林野キリストの教会牧師。

ひとこと言わせろの投稿のまとめ

みなさん、コロナでひとこと言わせろ!にお声を寄せてくださりありがとうございました。 そのいくつかをご紹介させていただきます。

 

『季節感が感じられない、いつもジ~ッとしている感じ』

『めちゃストレスたまってるー!』

『ストレスマックス!』
『どこかに行きたい』

『遊びに行きたい!』

『コロナ太り?』

『テレビに出ているタレントさんや女優さんが激太りしてない?コロナだから?』

『一人暮らしの人をもっと気にしてあげよう、お隣さん、ご近所には声かけ、挨拶しよう』 (ヘルパーさんと合わない、他人にウチの中見られたくない、かっこ悪くて頼めないなどで籠りきりの人、孤独な人もいるはずだから。)

SORAでは引き続き皆さんからの生のお声を募集中です。

「コロナ禍ひとこと言わせろ!」にメールくださいね!

宛先は arisiafamily@gmail.comまで。

【編集後記】

初夏といってもまだまだ雨の季節ですね。今年の夏休みも昨年同様、あまり遠くには行けないけ ど、今号のギリシアの街に思いを馳せつつ、いつか行ける時のために旅行雑誌を眺めている日々、 妄想旅行ってやつですね^-^::。皆さんのこの夏の過ごし方もお便りくださいね。ベランダでピクニッ クとか、流行りのグランピング?何か新しいことにチャレンジとか、皆さんの町の夏の風物なん かも教えてくださいね。どうぞ熱中症や感染に気をつけて楽しい夏を!ミノ&編集部K。

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